温室効果ガス(Greenhouse Gas:GHG)の総量を実質ゼロとすることを目指す「ネットゼロ」に最前線で取り組む企業にとって、公共政策とビジネス目標が整合していることは、当該目標を達成するための重要な要素です。政府や規制当局、あるいは自治体等が、適切な気候変動関連政策と規制を採用することにより、企業が必要な投資を行い、目標に対して迅速なアプローチを行うことが可能となるためです。
一方で、米国を対象とした調査(ESG Today)では、多くの企業が必要な規模・スピードで当該目標に対して行動を起こすことが難しく、その結果、目標の達成には計画よりもさらに時間を要するという懸念が上げられています。実際、同調査においては、2030年の目標を達成できると予想している企業は54%にすぎません。また、気候変動に関する政府間パネル(Intergovernmental Panel on Climate Change:IPCC)1.5度報告書では、気候変動問題に対し、強力で厳格かつ緊急の変革的な政策導入が必要と述べられています。
この進展を妨げる大きな障壁の一つは、現在の気候変動対策に資する目標と、当該目標達成のために必要な政策及びインセンティブ構造との間に、深刻な乖離が存在することです。この結果、国際エネルギー機関(International Energy Agency:IEA)や気候アクショントラッカー(Climate Action Tracker)等、複数の国際組織は、こうした世界中で実施されている現在の政策により、2030年時点での対産業革命期の気温上昇が1.5度では収まらず、2.7度へとさらに上昇すると警告しています。
そして、昨年10月に、持続可能な開発のための経済人会議(World Business Council for Sustainable Development:WBCSD)により開始されたBusiness Breakthrough Barometerでは、こうした現行の政策やインセンティブを再考する必要性が強調されており、さらに企業の経営層の67%は、主要な政策を実施することが低炭素に資する投資レベルに大きな影響を与えると述べています。WBCSD官民連携イニシアチブが強調しているように、企業は政策との乖離を埋めるために、目標を達成するための政策立案やその運営に、賢明かつ適切に関与する役割が期待されています。また、目標の達成にはこうした民間セクターの活動・関与は不可欠とされています。
このように、企業は気候変動への野心的な目標達成及び政策立案を支援するために、直接的関与(企業による働きかけ)または間接的関与(業界団体を通じた働きかけ)を問わず、より力を入れることが求められています。これにより市民を含むステークホルダーの高まる期待に応え、気候変動対策に資する目標達成を目指すとともに、企業はビジネス上の利益を享受することが可能となります。一方で、企業や団体のこうした活動による影響は、透明性や倫理性、及び社会的影響の評価などの観点から、精査される傾向にあります。ここに、「責任ある政策関与(Responsible Policy Engagement:RPE)」と呼ばれる枠組みが存在します。RPEは、このようなロビー活動や政策関与活動において、それらの適切な枠組みとともに、適切な評価を提供するものであり、国連グローバル・コンパクト(United Nations Global Compact:UNGC)や経済協力開発機構(Organization for Economic Cooperation and Development:OECD)等ではガイドラインを制定しています。
RPEは、ビジネスを実施するうえでのリスクと機会になりえます。実際、政策関与への注目は高まり、投資家の期待も増しており、68兆ドル以上の運用資産に責任を持つClimate Action 100+に参加している機関投資家グループでは、対象企業に対し、持続可能性の取り組みと政策提言との整合性を評価・報告するように要求しており、現在、これに基づき定期的なランキングがまとめられています。このように、気候変動への移行の取り組みに対し、企業はRPEを考慮することが求められています。
海外におけるRPEの動向
欧州連合(European Union:EU)におけるサステナビリティ開示規制である、企業サステナビリティ報告指令(Corporate Sustainability Reporting Directive:CSRD)では、欧州サステナビリティ報告基準(European Sustainability Reporting Standards:ESRS)E1-1において、企業の気候変動対策への移行計画の開示(e.g. 政策関与の検討)のみならず、G1-5において「政治的影響とロビー活動」に関する開示も要求しており、透明性、倫理、説明責任を確保することを推奨しています。
また、世界経済フォーラムが策定した「効果的な気候ガバナンスのための原則(Principles for Effective Climate Governance)」では、企業が気候変動関連リスク、機会及び戦略的な決定事項を全ての利害関係者、特に投資家と政府に開示し(原則7)、政策立案者との対話を維持することで、常に情報を得るべきであると明記しています(原則8)。
同様に、「責任ある気候ロビー活動に関する世界基準(Global Standard on Responsible Climate Lobbying)」は、企業に対し、気候変動対策に資するロビー活動や政策関与について、そのアプローチと活動を取締役会レベルで監督するよう要求しています。
そのほか、G20/OECDのコーポレートガバナンス原則(G20/OECD Principles of Corporate Governance)、主要な企業ネットワークであるWe Mean Business Coalition、及びTransparency Internationalでも同様の原則を設定しています。OECDのガイドライン「責任ある企業のロビー活動と政治的関与に関するガイダンス(Guidance on Responsible Corporate Lobbying and Political Engagement)」でも、企業のロビー活動及び政策関与において、取締役会レベルでの監督と戦略の設定が求められ、こうしたガバナンスは主要企業において急速に標準となりつつあることは、留意すべき点です。
我が国におけるRPEの動向
これまでに述べてきた通り、RPEの活動は幅広く、多くの我が国企業も日常的に取り組んでいます。また、国際的な動向を受け、エネルギー政策やグリーントランスフォーメーション(GX)政策の推進等において、RPEの活動を実施している企業があります。一方で、政策関与に関する情報開示の取り組みや、評価基準の制定については、国際標準に追いついておらず、今後の進展が期待されます。
ERMのサービス
気候変動に対する政策立案及び目標の達成に際し、企業の政策関与における役割は今後、ますます重要となります。一方で、気候変動対策への障壁となっている可能性のある政策やインセンティブの乖離につき、企業のビジネス戦略にどのような影響があるかを分析し、この不整合におけるリスクを慎重に評価する必要があります。同時に、企業の政策関与は、一定のルールに沿うことが必要です。このように、RPEは戦略的な意図をもってアプローチすることが重要です。ERMのRPEサポートチームでは、グローバルに展開するネットワークを活用し、グローバルスタンダードに基づいた直接的及び間接的なRPEについてのご支援が可能です。RPEに関してご質問、お困りのことがありましたら、どうぞお気軽にご相談ください。
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