不動産におけるESGの重要性の高まり
サステイナビリティへの取り組みがすべての業界にとって重要な柱となる中、不動産業界も環境・社会・ガバナンス(ESG)への取り組みを進めています。一方で、ESGは「あると良いもの」という認識の事業者も多いのではないでしょうか。脱炭素を柱に様々な文脈においてESGは「必須要素」へと変わり、これらの取り組みがレジリエンスの向上、市場競争力の強化、社会的責任を通じて不動産に大きな価値を提供するものと考えられています。
規制の圧力とコンプライアンス
多くの国・地域において、炭素排出基準、エネルギー効率向上義務化や廃棄物管理規則など、より厳しい環境規制が導入され、不動産企業は持続可能性への投資を促されています。米国のボストン市においては既存建物のCO2排出量に報告義務があり、2019年は3,250㎡以上の建築物が対象でしたが2022年に1,860㎡以上の建物に対象が厳格化され、報告しない場合は1日150~300ドルの罰金が科せられます。更に2030年にはCO2排出量規制以上の建物には罰金が課せられるとの事です。建物所有者にとって省エネ化していない不動産の所有はリスクと捉えられています。
現在、温暖化対策としてCO2に価格をつけ、排出量に応じた負担を求める「カーボンプライシング」制度が国内でも浸透しつつあります。欧州ではこうした取り組みが特に進んでおり、上限を超えた場合には罰金が科せられます。一方で、欧州の1トン当たり約1万5千円に対し、国内では約2千円程度となっています。これらは化石燃料を扱う石油化学など排出量が特に大きい企業が対象となっていますが、不動産に関連する規制は現状、省エネルギー法や地球温暖化対策法に留まり、排出量の削減目標は年間1パーセントにとどまっています。日本の温暖化排出量規制の遅れが、海外投資家から見た日本の不動産の競争力低下につながる懸念があります。
こうした日本の状況も将来的に見直される可能性が高く、規制リスクに備えることが重要です。
気候リスクとレジリエンス
気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の議論において、将来的な温暖化の傾向については疑いの余地は無いと認識されています。気象庁においても、猛烈な台風の出現頻度の増加、短時間豪雨の発生回数・降水量の増加、豪雨による土砂災害、及び海面水位の上昇等は、気候変動により顕在化しやすいリスクファクターとして挙げられており、特に不動産はこれらのリスクファクターに常にさらされていると言えます。
国内において市町村が運営する新築建物において隣接河川の氾濫により重要設備を含む機械室が浸水し、機能復旧まで長期間を要し、対策の為の改修工事に膨大な追加コストを費やした事例があります。新築建物においても設計初期段階で気候変動リスクを詳細に分析し、対策を取ることが求められるでしょう。
気候変動リスクの評価では、気候変動シナリオを加味したシミュレーションや、自治体等で整備されているハザードマップ等が活用されるケースが多くみられますが、これらの活用にあたってはまだ課題点も多いという声も聞かれます。主要な課題としては、シミュレーションによる評価ではその面的粒度が大きく、局所的な土地の評価には適していない、またハザードマップにおける最大浸水深の評価結果だけでは、より高頻度に発生する可能性のある低規模の災害の対策メニューが検討できない、などが挙げられます。これらの課題に対し、初期的に広域での概況把握、及びその結果に基づいて対象地に特化した詳細分析、といった段階的アプローチにより、合理的な対応策を検討することが有効と考えられます。詳細分析では、地域により入手可能な情報量に差異が存在しますが、専門家による立地特性の評価、重要設備の配置状況の確認などを行うことで、リスク要因の特定や事業の継続性・資産価値保護の観点での対策メニューの検討を行うことが可能となります。
ERMにおいてもポートフォリオ拡大を検討するクライアントから、気候変動による不動産への影響評価について問い合わせが増えており、これらの要望に応える取り組みを進めています。
ブランドとレピュテーションの向上
強力なESGコミットメントを持つ企業は、責任あるビジネスのリーダーとして評価されます。この評判は、テナントや投資家、コミュニティからのブランドロイヤルティを高め、不動産市場で先進的かつ倫理的な企業としての位置付けを強化します。記憶に新しい虎ノ門、麻布台の森ビルの再開発事業ではESGの取り組みとして、都市計画を評価するLEED ND (Neighborhood Development)と建物を評価するLEED BD+C (Building Design & Construction)両方の評価指標において最高ランクのプラチナ認証、そして建築空間のウェルネスと健康を評価するWELLのプラチナ認証も取得しており、プロジェクト自体の素晴らしさだけでは無く、環境性能においても高いコミットメントを示しています。これらの取り組みはLEED認証取得ビルを入居判断の一つと考えるグローバル企業の誘致に成功しています。本建物に入居し、認証取得を公開している企業の一つとしてゴールドマンサックス社が挙げられますが、テナント専有部のみを評価するLEED ID+C (Interior Design & Construction)においても最高ランクのプラチナ認証を取得しています。事業者の環境へのコミットメントとテナントの要求性能がマッチした良い成功事例と言えるでしょう。
更に、使用する電力を100%再生可能エネルギーで賄うことを目指す国際イニシアティブ「RE100」(Renewable Energy 100)への参加を表明する企業が増加しています。特に、国内に多数のオフィス拠点を持つ企業にとって、RE100へのコミットメントを表明するビルは非常に魅力的であり、分散した拠点を集約する候補としても注目されています。これは、グリーンビルディング認証の取得と同様、優先的な入居条件の一つとなっています。
ERMでは、LEED認証取得したテナントビルへの一棟借りなど野心的なグローバル企業のサポートに取り組んでいます。またRE100のみならず、企業の温室効果ガスのネットゼロ目標に第三者保証を与えるSBTi (Science Based Target Initiative)へのコミットメントを宣言するグローバル企業の支援要望が増えています。今後、入居するテナントからビルオーナーへの気候変動・脱炭素化に関する要求事項が更に増加していくことが予想されます。
社会的責任とコミュニティへの影響
不動産業界は、コミュニティの形成において重要な役割を果たしています。都内近郊では巨大物流倉庫やデータセンター開発が急速に進んでおり、こういった大規模開発においては交通量増加や景観などの地域住民へのネガティブな影響をサイト選定の段階で検証し、解決法を早急に模索する事が推奨されます。これらは“ステークホルダーエンゲージメント”の一環であり、土壌地下水汚染や重要埋蔵文化財調査などの一般的な環境デューデリジェンスと同様に重要視されます。ERMでは日本国内を重要な開発拠点と考え、かつ地位住民との対話を重要視するグローバル企業のサポートに取り組んでいます。
最後に
国内の不動産市場においては、少子化や東京都内への一極集中の傾向といった背景がある中、今後はグローバル企業の積極的な誘致もリスクヘッジの一つとして考えられるでしょう。不動産業界におけるESGは、「あると良いもの」や単なるトレンドに留まらず、ポートフォリオを将来のリスクに対して強靭化し、市場の需要に応えるため、戦略的に不可欠な要素となっています。前述の通りERMは不動産の環境評価、気候変動の影響評価及び対策検討、LEED認証を始め、幅広い不動産ESGサポートを提供しています。
- 気候変動のリスク評価:気候変動リスク評価及びM&A環境デューデリジェンス
- グリーンビルディング認証サポート:新築、内装工事、既存建物におけるLEED、WELL、TRUE認証取得サポート
- 再生可能エネルギー調達:PPAスキームによる再エネ調達、再エネ証書やカーボンクレジットの購入
- 国際イニシアティブ:SBTi、CDP対応を見据えたGHGプロトコルに準ずるスコープ1,2,3算定支援
- サイトデューデリジェンス:コミュニティエンゲージメントを含める環境デューデリジェンス
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